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みのかみマスカット園BLOG

今年も残り少なくなりました、リーマンショックから始まりあまり良い思いではありませんが、母の歌集「マスカット」の完成記念を行ったのがつい先日のような気がします、1月中には初孫も出来もう歩くようになりました、1年があっと言う間に過ぎてしまいました、
マスカットも7月の天候不順により予定の出荷日より2週間近く遅れてしまい、皆様には大変ご迷惑をおかけしました、それにもかかわらず、すべて完買致しました(生産量は前の年と比べ2割程度落ち込みましたが)これもひとえに皆様のおかげです。
今年の年末も来年に向けてマスカットの手入れを順次行っています、収穫後の「礼肥え」(マスカットノ収穫後の肥料)枯れ葉の片付けまで終わりました、来年早々枝の剪定、加温の準備と仕事はいくらでもあります、来年もご期待下さい。
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工場の西側にある「キウイ」です、今年は大豊作で沢山実を付けました、バザーに300g一袋で100円で15袋出荷して10袋販売できました。

鳩山首相が在位100日を達成したと報道がありました、自民党政権と相も変らず「秘書がしたことで、私は知りませんでした」との発言が多いですね、毎月鳩山兄弟に母親から1500万づつお金が振り込まれていたとか?、 国民には信じられないことです、このような人が国民の生活を理解できるでしょうか?自民も自民、民主も民主日本国民にとってまさに「将来が不安」の一言です、目先の事だけでなくもっと先(5年後、10年後)の目標を国民の前に提示すべきです、先が見えれば現在は我慢出来ます、国民も(私も)我慢できると思います。皆さんはどう思われますか?
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今日客先へ訪問すると、「デジイチ買ったよ」との声、若いときからカメラ小僧であちこちとっていたそうだが、仕事や、家庭の事やらで20年ぐらいカメラから離れていたそうだ、そこを訪問するたび「デジカメは面白いぞ!」といい続けていたらついにデジイチ」を買ったとのこと、私も仲間が出来嬉しい限りだ、私の場合若いときのカメラ撮影はもっぱら「記録」としての撮影がほとんどであった(フイルムカメラは現像、写真とお金が掛かる)その点デジカメは一度カメラをそろえればパソコンさえあればとても安上がりな趣味だと思う、ドンドン仲間が増えてくれればいいのに、ドンドン投稿してください(ブログ上では直接投稿できませんので『Mminokami@x.email.ne.jp』までメールに写真を添付して送ってください、大歓迎です!
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デジブック見てくださいましたか? 写真と違って面白いと思います、見えなかった人は又コメント下さい。
今回は「夏の思い出」後楽園の「幻想庭園」を掲載します。見てください  

上手く行くかどうかわかりませんが(フォトアルバム)  備中松山城の写真をフォトアルバムにしました。ご感想を下さい。

時期は過ぎましたが何日か前に岡山総合運動公園の紅葉(アメリカ楓)「アメリカふう」と読むの写真を撮ったのを思い出し掲載します、岡山総合運動公園は戦時中「練兵場」として使用されていた場所を運動公園として現在利用しています。この地には「津島遺跡」もあり開発が困難な事もしないに広い公園が出来た要因だと思います。
(津島遺跡は、縄文時代後期から近代にいたる複合遺跡で、長い時代にわたる人々の生活の痕跡を示す重要な遺跡である。特に、弥生時代前期における集落と水田跡の発見は、わが国の本格的は稲作開始期の実態を初めて明らかにした遺跡として評価された。)国指定遺跡
街中ではあるが公園の中に入ると大きな木々に囲まれ自然野中にいるような気分にさせてくれる。
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スーザン、ボイルのアルバム「夢破れて」が12月初旬に発売になりました、早速購入して聞きましたがとてもすばらしい歌声です、CDは姿が見えませんので(あの「ブリテンズ・ゴット・タレント」に出場した48歳のおばちゃんの歌声には到底創造できません)とても柔らかで、心のこもった歌声を是非聴いてみてください。
今年の秋は庭園や城など回りましたが、紅葉の写真は撮ることが出来ませんでした、(もみじ)ブログも今回で369回と続いていますが、写真も毎回2枚程度掲載しています。もう700枚近い写真を載せた(でも投稿者の写真も掲載しているので)600枚程度かな?
いつも写真を撮るときに思うことは、どの様に撮ったらこの感動を見る人に伝えられるかな、普通に生活していても何も気づかない自分が居ます、すぐそこにいつも見慣れない感動する素材があるはずです、(遠くに行く必要はありません)じっと周りを見てください、きっと感動する何かがあるはずです。
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天守(国指定重要文化財)現存する山城では一番標高が高い所にあります、天主は天和3年(1683年)に水谷勝宗(みずのや かつむね)により修築されたものとして伝えられています。天主の他「二重櫓」「三の平櫓東土塀」が当時のまま残っています、
残りの建物は平成9年に史実に基づいて復元されたものです、
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いよいよ天守閣、二の丸から本丸南御門へ石段を登り(入場券を買う)天守閣前の本丸へ出る、天守閣の全容がここから見える、思ったほど大きくないがどっしりとした天守閣である、天守閣の基礎部分にも自然の岩盤が見える。この城も『廃城令』で一時は取り壊される運命にあったらしいがなにぶん山城の為現在に至っているらしい、天守閣からの眺めもすばらしい、城の全部の建物が残っていればどんなにすばらしい事でしょう。
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「勝手口」「勝手が良い」普段良く使う言葉ですがこの「勝手」と言う言葉の語源をご存知ですか?(私も聞いてはじめて知りました)検索サイトで「勝手」で検索すると「勝手にしあがれ」「自分勝手」等沢山出てきます、弓道で弦を引くほうの手を「勝手」と呼んでいるのがどうも語源らしい、弦を引くほうの手は矢を放った後は自由に使えるこの意味を引用している、勝手の代わり自由を当てはめてみるとなんとなく意味が通じる、勉強になったかな?
松山城ももうすぐ天守閣入り口よりもかなり広いが急な階段を折れ曲がりながら登ってゆくと二の丸の広場に出る、ここはかなり広い、上には天守閣とそれを取り囲む土塀が見えるだけだ、本丸へ登る階段を左に見て石垣の下の道を奥へ進んでゆくと「二重櫓」の下へ出る、
「二重櫓」の石垣も自然の地形を利用してその上に石組みがしてある。
DSC09686.jpg 私はこの「二重櫓」を見たとき黒澤明監督の「影武者」に出てくる城を思い出した、昔の人はよくぞここまで造った物だ!

いよいよ大手門から本丸への行程です。大手門を過ぎると大きく左へ回り込み又すぐ右へと道は続きます、道も狭くなっています、石段を登ると左手に「三の平櫓東土塀」(国指定重要文化財)が見えます昔のものが現存しているので江戸時代に帰ったような気分です。
DSC09651.jpg 少し登ると三の丸跡に出ます、
三の丸跡から大手門を上からのぞく事が出来ます、この城で戦が行われたかどうか知りませんがやり、弓の時代であれば備えは充分だと思います。
DSC09656.jpg ここからいよいよ二の丸、本丸へと続きます。

いよいよ大手門までたどり着きました、木々の隙間より見える石組みにはとても感動しました、近寄ってみると自然の地形を利用して石垣がくんであります、(年月がたって木々の根などの関係で石垣が一部崩れかかっています)それはとても写真では伝えられないほどの感動でした。
DSC09650.jpg DSC09641.jpg 時間があったらぜひ一度登って下さい、足腰に自信のないお方は無理かもしれませんが? DSC09574.jpg 

rrkugakiさんより秋の便りが届きました、蒜山に行った感想文のそのまま掲載いたします。
H・20蒜山 066.jpg  H・20蒜山 051.jpg 朝と夜の冷え込みが厳しく 徐々に冬が近づいていることを実感する時期になってきました。
年 2~3回は必ずドライブに行く 大好きな大山・蒜山に11月23日に行って来ました。
雲一つ無いくらいの晴天で新鮮な空気を胸一杯に深呼吸しました。
蒜山のSAに着くと雪の大山と烏ヶ山がくっきりとした姿で迎えてくれ万歳!の気分で車を進めていきましたが こんな壮大な景色デジカメで写す事ができるかなあ~
雪の大山は太陽の光を受け銀色に輝いて威風堂々と見えました。
鬼面台からは1729メートルの大山と手前にそびえる1448メートルの烏ヶ山のコントラストが面白く見えました。 
紅葉の美しい時期より少し遅い様でしたが雪の大山をバックに「ナナカマド」の実の真っ赤は 宝石より綺麗でした。
蒜山の白樺林から 蒜山を眺め「酪農大学校」の赤い屋根を入れシャツターをきりました。
晩秋を存分に感じ 自然の美しさに感動し 季節の変わり行く姿を堪能出来た日です。


もう蒜山は冬支度ですね、これから日一日と寒くなってきます、今年は「新型インフルエンザ」が大流行です皆さんの外出する時は「マスク」をお忘れなく!

いよいよ大手門の近くまで着ました、かなり近づかないとお城の建物は見えてきません、大きく右カーブになった所を回り込むと正面上方に大きな大手門あと、左手に自然石の上に積み上げられた石垣が見終えてきます。
DSC09632.jpg 上のほうは木々に隠れて見えませんが坂を上ってゆくと壮大な景色が見えてきます、
DSC09644.jpg 映画にでも出てきそうな、とても感動する景色です。

いよいよ松山城へ登ります、中間までは車で登れますが、当日は土曜日なので途中の駐車場に車を置きそこからシャトルバスで9合目まで行きます、道が細く急カーブも多いため普通車がすれ違えません、又9合目の駐車場も4台ほどしか駐車できません、(バスの運賃は往復300円です)
9合目までは細い道を約10分秋の紅葉と高梁の町並みを上から見ながゆっくりと登って行きます、9合目のバス停には自販機と小さな休憩所があります、ここから徒歩15分とのことです、細い山道を登ってゆくと山城がいかに高い所にあるかが実感できます途中城の石垣の一部が残っていますが本丸の姿は一向に見ることが出来ません、 DSC09623.jpg DSC09629.jpg 15分といえ結構急勾配ののぼりです、登城心得の看板を見てほっと一息です。

「備中松山城」高梁城

松山城 (備中国)
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松山城
(岡山県)

松山城本丸(平成の復元後)
通称 高梁城
城郭構造 連郭式山城
天守構造 複合式望楼型2重2階(1681年改)
築城主 秋葉重信
築城年 1240年
主な改修者 三村元親、水谷勝宗
主な城主 三村氏、水谷氏、板倉氏
廃城年 1874年(明治7年)
遺構 現存天守・櫓・塀、石垣、土塁
指定文化財 国の重要文化財(天守、二重櫓、土塀)
国の史跡
再建造物 櫓・門・塀
位置 北緯34度48分32.72秒
東経133度37分20.37秒
表・話・編・歴
松山城(まつやまじょう)は岡山県高梁市内山下にあった山城である。別名、高梁城(たかはしじょう)。国の史跡。日本100名城。四国の愛媛県松山市にあった松山城 (伊予国)との混同を避けるために、一般的には「備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)」と呼ぶ。日本国内の、現存する天守がある12か所の城のうちの一つである(現存天守)。
概要 [編集]
城のあった臥牛山は4つの峰からなり、小松山に本丸・二の丸・三の丸が階段状に配され、大松山、天神の丸、前山にも遺構がある。海抜約430mの臥牛山小松山山頂の本丸へは、麓の御根小屋から約1,500m、1時間ほどの道のりの山道を経て至る。

江戸期の備中松山藩時代は山城で不便なため、山麓に御根小屋という御殿を構え、そこで藩主の起居・藩の政務を行った。

現在は城跡が国の史跡に指定され、現存する天守、二重櫓、土塀の一部が国の重要文化財に指定されている。また、現存する石垣、復元された櫓、門、土塀がある。現存天守のある12城の中では唯一の山城であり、日本三大山城の一つである。御根小屋の跡地には高梁高校がある。

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