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みのかみマスカット園BLOG

「ナノテク」と言う言葉を聞いた事があるだろうか?
ナノとは10億分の1の事(1ナノメートルは10億分の1メートル)まーぁ、すごく小さいと言う事です、どのくらい小さいかといえば、地球の直径を1mとすると1ナノメートルは一円玉の直径ぐらいの大きさにしかならない、この「ナノテク」が我々の周りでもよく使われている、一番身近にあるのが「デジカメ」である、このデジカメの(フイルムカメラのフイルムにあたる部分)撮像素子を作るときこの技術が使われている、撮像素子の大きさを皆さんはご存知だろうか、一般的なデジカメの撮影素子は1/1.8型(6.9mm×5.2mm)こんなに小さい、この中に1000万画素の小さな撮像素子が規則正しく並んでいる6.9mm×5.2mm角の中によこ3800個たて2600個の間仕切りがありそれぞれに光りを感じるものがぎっしりと詰まっているのである、そのおかげでフイルムカメラにあまり劣らない写真が撮れるのである、ナノテクてすばらしー チロリアンランプ(アブチロン).jpg チロリアンランプ(アブチロン)があまりにも綺麗だったので近くを通った時又撮影しました、今回は前と違って少しすぼんでいました。

昨日のテレビで(NHKの「トップランナー」)だったと思う、人工心臓の開発に携わる人の話であった、人工心臓開発にあたってのエピソードが話の中心であった、人工心臓は即人の命にかかわるものであり、開発しただけでは役に立たない、使われて初めて成功といえるのである、そのためには実際に人を使って実験しなければならない(臨床試験)である、主人公は女性である、それまでに動物実験等は何回も済ましいる、臨床試験といえども失敗即医療認可が遠のくのである、私自身も電機の仕事をしているが、現場作業等で完璧にチェックを済ませても、電気を投入する時はドキドキもんである、これが人の命となると創造を絶する事である、彼女は開発責任者であり、1から10まで彼女がするわけでは無い、多くのスタッフと共に開発、そして臨床試験の依頼場所を探し交渉している、彼女はそのスタッフに「夢」を語るのである、
この人工心臓が完成し世の中に認められればどれだけ多くの人を助ける事ができるか、その為にもこの開発プロジェクトをやり遂げなければならないかをである。
「夢は人を動かす」久しぶりに聞いた心に残る言葉でした。 虫食い葉.jpg なんとなく撮った葉っぱですが、虫食いのあとがなんとも言えません。

しげの里さんからの写真が届きました。
しげ14.JPG
晴れ渡った青空の中に色づき始めた木々との対象が面白いと思います。

しげ16.JPG
紅葉の始まった木と、常緑樹の木々の間から秋の空がのぞいています、気持ちの良い一日を感じます。
私は秋を葉っぱの色で感じてもらいたい。
葉1.jpg

葉2.jpg
小さい葉っぱを近づいて撮る事によって、何時も注意していない、色を発見できる、これだけで「秋」を感じていただけたでしょうか?
写真の投稿お待ちしています。
メールアドレス minokami@x.email.ne.jp です宜しく。

英語でvolcano(火山とか噴火口)と訳します。
先日話した「ぼっけーのー」にに似たなんかあったなーと考えていましたら、ありました「ボルケーノ」でしたテレビ映画でも何度か放映されているのでご覧になった人もいるお思いますが
非常に良く似た発音だと思います、この話はここまで。
近頃写真を撮る機会が増えてきたと話してましたが、少し気づいた点を話して見ましょう
ひとつは、枚数を取ること、自分で撮った写真なのに創造以上にいい写真が取れている場合がある、「こんなの撮ってと」自分で思いながら撮っても出来上がった写真が思った以上に写真になっている。
光の加減により全然違う写真になる、撮影するもの(これを撮りたい)と思うもの意外も画面の中に入ってくる、撮りたいもの意外が(背景がはっきり写らない)ぼやけって写る。
この2点だけでもだいぶ違ってくる。
こんなの撮っての参考写真
枯葉.jpg
背景が写るのと、黒いのでは

ススキ背景.jpg

ススキ.jpg
どうでしたか

『バカの壁』(ばかのかべ)は養老孟司東京大学名誉教授の著書を、ベストセラーであったのが、単行本で出版されていたので久しぶりに買って読んだ、なるほどと思ったことが数多く書かれている、私もコミュニケーションのむづかしさはよく経験している、相手が「わかった」と言っても自分の言おうとしている事のなんパーセントを理解してくれているのだろう?
たとえば白色を相手に伝えようと「卵のような色」と表現した時、相手が烏骨鶏(うこっけい)の卵を空想するともう「色」が違って伝わってしまう。(烏骨鶏の卵の色は薄い肌色)コミュニケーションは伝えようととする者、それを理解しようとする者の共同作業であると思う、本にも書いてあるが「話せばわかる」はうそである、話してもそれを相手が理解しようとしなければ「話してもわからない」である、お互いに相手を理解しようとする事自体が大切であると思う、相手を思う心である。
又民族による(宗教による)考え方の違いについても書かれていた、日本人は「八百万の神」(やおよろずのかみ)一方キリスト教、ユダヤ教、などは一神教である、日本では大きな石、木、などなんでも神が宿っている、しかし他方は神はひとつである、このことが話を複雑にしている、神対神の争いになっている、私には信仰による戦争など理解できない、すべての神は争いを否定しているのではないのか!以上
話には全く関係の無い庭先にあった小さな赤い実

庭の赤い実.jpg

今日の農作業は、マスカット施肥と土起しである1年間葡萄の木は周りに根をいっぱい張り巡らしている為、土を耕す事はできない(細い根を切ってしまう為)土を掘り起こして耕せるのはこの時期だけである、有機肥料をまいて土を耕す(地元で「ほーれー」と呼ばれている道具)
ほうれい2.jpg
スコップより土に差し込む時力が要らない
このほうれーで土を掘り起こし肥料を混ぜ込んで行く、又土に空気を入れる。
ほうれい3.jpg
なかなか力の要る仕事だ、掘り起こす時細い根がプチプチと切れるのがわかるが、この時期はそう心配する事は無いそうだ、
ほうれい1.jpg
何とか温室の1/4が終わった。

昨日銀行へ行ったとき、待っている間雑誌が置いてあるのを見つけ、どれを見ようか探していると「ぼっけーのー」のタイトルの雑誌があった、岡山の地元の雑誌である。
巻末の名前の由来を見てみると「ぼっけーのー」(すごいなー)の意味を解説していた、私が気になったのは英訳である「it a wonderful」である、こう言う訳もあるんだと感心しました。
同じ様な言葉で「でぇれーのー」があるが自分では使い分けがはっきりしない、又ネットで調べて報告したいと思います。
義姉から旅行の写真が届きました。楽しそううに写真を撮っている写真です
後姿からですが何か嬉しそうに見えます(私だけかな?)
DSCF9461.JPG

昨日今日と義姉の誘いで妻が一泊2日で姫路の旅館「夢乃井」へ出かけた、今年で2回目で去年も同じ宿へ宿泊した、よっぽどサービスが良かったのだろう、今日夕方大変満足して帰ってきた、旅に出る前に「写真を100枚撮ってきてね」と妻にお願いしていた、妻は写真を撮る事には余り興味を持っているほうではなく、もっぱら見るほうである、機械音痴でデジカメを使ったことなどあまり無い、出る前にシャッターさえ押せばそれなりの写真が撮れるようデジカメを設定しておいた、帰って来るなり早速画像をパソコンに取り込み見てみると思った以上に旅の様子がわかるように撮ってあった、(中にはピンボケの写真も何枚かあったが)でも撮影枚数は150枚と沢山であった、写真を見ながら「これは食事の時」「ケーブルカーに乗った時」と思い出しながら話してくれる、決して150枚でも多くない、先回の姫路旅行では20枚程度であった。今回妻が撮影した中で私が気に入った何枚かを載せてみる。
宿夜ベランダ.jpg
暗い所は写真では撮影しにくいが、宿の雰囲気が良く出ている。

朝食.jpg
たまたまテーブルが黒かったのかお皿が浮かびあがって見える。

ケーブルカー.jpg
ケーブルカーに乗って山頂に向かっているのが良くわかる、人物が正面でなく、肩越しに下の町並みが見えるのが良い。

バラ.jpg
バラにしっかり近づいて、雨の水滴がバラの美しさを倍増させている。
やっぱり沢山写真を撮らなくては!!

短歌の本作りが進んでおります。
今日初稿の表紙を決定いたしました、これで初回の編集、校正、写真等の資料提出が終わりました、今度は喜怒哀楽書房さんのほうで訂正していただき、見本の完成品の様式で返送していただくばかりとなりました、非常に楽しみです、初稿の見本でも家庭でのプリンと違い少し厚めの紙に印刷をしてくれているので、「あーこうなるんだ」と言う想いが強くなりました、本の制作は初めてで、喜怒哀楽書房さんの質問に答えられるか心配でしたが、何とかここまで来ました、大変な作業でしたが本が出来上がればいい思い出に変るでしょう。
本ができるのを楽しみにしておいて下さい。
今の季節にぴったりの母の歌

 日に落ちてくりやにいれば籠に盛る富有柿の色鮮やかにあり

今日の写真は公園の中の赤い風船の様な花と 箒草に付いた雨水です
風船花.jpg

雨草.jpg

ウイキペディアによると
コミュニケーション (英: Communication) とは、複数の人間や動物などが、感情、意思、情報などを、受け取りあうこと、あるいは伝えあうこと。
とある、わかるようで、よくわからない、ここでは「コミュニケーション」=「お互いの意思疎通」
と言うことに限定して話題としよう。
この世の中で生活して行く上で「コミュニケーション」は非常に重要だと思う、親子、夫婦、友人、親戚、仕事・・・すべての関係にかかわってくる、「コミュニケーション」はいったいなんだろう?
簡単に説明してしまえば、「お互いを知る」「お互いを知ろうとする」行為ではないだろうか、会話中に相手から不愉快な言葉があっても、マイナス方向で考えるのではなく、プラス方向で聞く(苦言は不愉快な言葉として受け止める事が多い)そのために日ごろから「コミュニケーション」をとって置くべきだと思います。
お互いを知る為には会って話をすることが一番である(内容は関係ない)素で話すのが一番いい、素で話せる人間関係を作ることだ!
紅葉.jpg
もう秋ですね!

今年よりブログをはじめて、マスカットが売れるか心配でしたがおかげさまで完売致しました。
今年は天候に恵まれ、美味しいマスカットが作れたと思います、(粒や房作りは別として)わがマスカット園は「味で勝負」いくら姿形が良くても(良いほうがいいに決まっているが)味が悪ければ2度とお買い上げいただけない、これを念頭に置いて来年も葡萄作りに精を出してやってゆきます。
来年の話とお考えでしょうが、もうマスカット作りは来年への準備が始まっています、房のなくなった葡萄の木は、残っている葉っぱから来年への栄養を蓄えているのです、有機肥料をやって土を耕し、散水、次第に枯れた葉が落ちてくるので集めて温室の外で燃やす(落葉に虫などが付いている為)この様な作業をきちんとやっていないと、来春芽が出始めてからでは遅いのであります。
来年も良いマスカットが作れますよう祈りながら・・・
実.jpg

花.jpg

今日「喜怒哀楽書房」(先回は木戸製本所)と書いたが同じ会社らしい、前置きが長くなったが、いよいよ最終段階に近づいてきた、今回は「表紙」(カバー含む)のデザイン、挿入する写真をどの様にするかである、先日初稿を返送した時写真を12枚ほど添付し配置はお任せにしておりましたら、今日その表紙デザインと写真の配置がメールにて送られてきた、この様に形になると考えやすい、母に見せると、「写真が小さくてよく見えないもっと大きくしてもらえないか」とのことなので早速先方へ質問した。
今回本の制作にあたり日頃使わない言葉が何点かあった、「ルビ」(ふり仮名)「キャプション」(説明書き)等である又勉強になった、ちなみに「ルビ」の語源はウイキペディアによると
これはイギリスから輸入された5.5ポイント活字の呼び名が英: ruby(ルビー)であったことからこの活字を「ルビ活字」とよび、それによってつけられた(振られた)文字を「ルビ」とよぶようになった。明治期つまり19世紀後半のイギリスでは活字の大きさを宝石の名前をつけてよんでいた。
勉強になったでしょう
      今日は「しげの里」さんからの写真 (ベランダの花壇」です
大阪玄関前花.JPG

2年前に休耕田にしている田に草が生えるので「防草シート」なるものを購入し田んぼに敷いた。
防草シート2.jpg

防草シート1.jpg
敷いて1ヶ月ほどして撮った写真がこの2枚である
上の写真はシートに覆われ草は生えていない、シートを敷いていない下の田んぼは草が生え始めている。
1年目はシートのおかげで草刈も半分ほどで済み上々の結果であった、しかし今年は夏の台風の時に風でシートが剥がれてしまい、またまた草ボウボウである、今日は剥がれたシートを草を刈って片付け今年購入した「フレールモア」なる草刈機で草刈(午前10:00より
昼食をはさみ15:00まで)16:00時よりマスカット温室に「礼肥え」(れーごえ)お礼の肥料をやった終了が17:30であった。来年も美味しいマスカットが出来ますように。

私の写真の撮り方、被写体に近づく
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(画面をクリックして拡大してみてください)
正面の木の下に、色づいたた葉っぱが気になり近づいて1枚
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木の上のほうに葉っぱ、空を背景に近づいて2枚目
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目の前の建物の窓が気になり
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近くの建物の窓に近づいて3枚目
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あとで見てみると地中海の海の近くのしゃれた建築物に見えてくるから不思議
画像を後で見てみると左下の窓に光が当たって綺麗、この部分を大きく写したら綺麗かな
今日は以上
仕事の待ち合わせをしていた10分間の出来事でした。

デジカメは楽しいかな?
フィルムカメラは撮影してからプリントしそこに写っているのを見るまで待つのが楽しみであった、又気に入った写真を大きく引き伸ばして見るのも楽しみのひとつである、しかしデジカメは撮影するとすぐ見ることが出来る、パソコンさえあれば何もプリントするこちなど必要ない、好きな時に画面いっぱいで見ることも出来る、フイルムカメラのように枚数を撮影するとそれだけお金がかかることが無い、よって撮影する枚数など気にする事は全く無い、何時もデジカメ片手に歩いていればきっと気に入った風景、花、空、木々があるはずだ、もっとデジカメを活用しよう、記念写真を撮るだけがカメラでは無いのだから。

早速「ひろりん」さんから写真の投稿がありました、バラの花です「プリンセスアイコ」と言う花の名前です。
ひろりんさん.jpg
  私の写真はどこにでもある「どんぐり」です。
どんぐりさん1.jpg

近頃カメラを持って行動する事が多くなった、何か気になることが(写真として)あれば撮るようにしている。
写真を撮っていて思うことは、この画像を見て何を感じるのだろう、画像以外の周りの景色は映らないのだから、今は写真を見た人が「こんな写真自分も撮ってみたい」(花、風景)と感じられるものを抜き出して掲載している、ブログを見ている人で「こんな写真撮ったよ」と言う人は minokami@x.email.ne.jp まで写真をメール下さい、(掲載不可の場合は明記下さい)どんどん送ってください。
写真がデジタルカメラになってフイルムで撮るのと比べどんどん何枚でも撮影できるので楽しい、たまにはカメラヲを持って散歩をしてみてください、きっといつもと違った風景があるはずです、写真の応募待ってます。家の周りの風景でも送って下さいね。

今日の写真は「道ばたのススキ」と「銀杏の木」です「ススキ」は日の光を浴びて光っています「銀杏」は晴天の真っ青な空の中に浮かんでいるようです、皆さんの周りにもきっとすばらしい風景があるはずです。
ススキ.jpg
銀杏.jpg

小さい時家で作っていたお好み焼きは広島風のお好み焼きだった、小麦粉、卵等で生地を作り、鉄板の上で薄く延ばしその上にキャベツ、豚肉、ねぎ、紅しょうが等をのせその上に生地の液を少し掛けてひっくり返す、ジュージュー言っても我慢して焼きあがったら又ひっくり返してお好みソース&マヨネーズを掛け最後に青海苔と鰹節お載せ食べる、これが我が家のお好み焼きです、中に入れる具はその時々で変ります。
岡山のお好み焼き屋さんは大阪風と広島風半々のような気がします、私はどちらかといえば広島風の方が好きです、具と生地を一緒に混ぜて焼くのはどうも慣れません、あなたのご家庭はどちらですか?
話は変りますが「もんじゃ焼き」なる食べ物があるらしいのですが(言葉で聞く限りは美味しそうなのですが?)どんな料理なのか教えてください。
        絵 天野亮三、多恵   「野の花の隣で」詩画集より
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  私の好きな絵です、ほんわかとした春のひを思い出します。

当地で「つぐねいも」なる名産品がある、この芋は通常地元スパー等で販売されている、長いもとよく似た(外観は別物)芋である、特徴はすりおろした時の粘りけである、長いもなど到底及ばない、とろろご飯にして食べると、とっても美味しい(だし汁にといて)、又角切りにして煮付けてもいい、我が家では「つぐねいも」が手に入るとすりおろして、お好み焼きの小麦粉に混ぜ込んで使用する、すると何故かもちもちとした食感と、腰のある生地に仕上がる、プロが作ったお好み焼きになる、一度試してみたらどうだろう、「つぐねいも」は我が家でも数年前まで母が作っていたが、年老いて作らなくなった、なかなか手のかかる作物である、しかし美味しい(珍味である)もし八百屋さんで売っているのを見かけたら食べてみてください。
       大きさは握りこぶし大(つぐねいもの中では大きいほう)
つぐねいも.jpg

天野さんの祝賀会での話し。
大阪の人は「ばか」と「あほ」は非常に違う感覚であるらしい、広島に仕事の関係で転勤になり、行きつけのすし屋さんでの話し、そこの親父があいずちを打つのに「あー、ほ」とあいずちを打つ、これが気に入らない「あほ」に聞こえてしょうがない「ばか」は聞き流し出来るが「あほ」は聞き捨てなら無いそうだ、岡山県人は「ばか」=「あほ」ぐらいだと思うが大阪府民はそこが許せない、方言はその土地土地で言葉のもつ意味の内容が違う、私が経験したのは「仲間に「入れて」と長野あたりの方言だったと思うが「はめて」である、なんとなく卑猥に聞こえたのはお互いのようであった、日本は広い、それぞれの土地へ旅行したらその土地の方言を注意して機構ではないか、旅行の楽しみの一つとして。
追:岡山では傘を二人で差すとき傘を持っている人が「傘に乗らない?」と相手に言うこの「乗らない?」は他県では通じないのでご注意、「傘に入らない?」と言ってください。

天野亮三、多恵ご夫妻の「野の花の隣で」の詩画集の出版祝賀会に参加しました。
この様な祝賀会にご招待を頂くのは始めての事であり、楽しみにしておりました、会は午後4時に岡山プラザホテル4階の「鶴鳴の間」で行われ出席者は100人近く、大変多くの人がご参加されておりました、会はご夫妻のお人柄そのままに愉快で楽しく進められました、フルートの演奏あり、築地文夫様のバリトン独唱あり(荒城の月、菩提樹)会は益々盛り上がり大変楽しい祝賀会でした、同じテーブルに同席させて頂いた亮三さんの高校よりのご友人と若き日の亮三さんの思い出話をお聞かせいただき、今まで抱いていたお人柄とは別の一面を知った会でした、最後に多恵夫人のピアノ演奏で亮三さんが谷村新司の「昴」を熱唱され閉幕となりました。
途中の抽選会で亮三さんの絵を妻がくじ引きで幸運にも引き当て「松虫草」の絵まで頂いて帰りました、とてもあたたかな祝賀会でした。
松虫草.jpg

散髪についての思い出。
小さい時から母親に散髪をしてもらっていた、近所の人も4,5人散髪をしていたようだ、中学、高校と校則が「丸刈り」であった為高校までは母に散髪をしてもらっていた、学校でも「みのかみの様に散髪して来い」と学校の見本になるくらい短い丸刈りだった、手動のバリカンで1枚刈りとか、2枚刈りとかが無かった(散髪屋さんにはあったと思う)私の長男が母の古希(70歳)の祝いの時だったと思うが「私は今まで散髪屋に行った事がありません、今までずーとおばーちゃんに散髪してもらています」とおばーちゃんに御礼をを言った、(母は昔散髪屋さんだったんだと教えていた、本人もそれを信じていた)お祝いに来てくれた人は笑顔で喜んでくれた、この話の続きがある、中学生になって初めて地元の散髪屋さんに言った時の話である、散髪が終わりコーヒーを飲み(そこの散髪屋さんのサービスである)「ありがとうございました」と店を出たら、店の人が「すみませんお金を頂きましたか?」とすまなそうに聞いたそうです、本人は散髪をしたらお金が要ると言う感覚が無かったのか、ただ単にお金を払うのを忘れていたのか定かではない。
散髪に関する思い出でした。
今日は明日の「野の花の隣で」の出版記念パーティーがある為、散髪に行きました、散髪をしてもらいながら今日のブログは「散髪」で、と思った次第です。
       河口メロンさんのハウス内と出荷直前のメロン(これが美味しい)
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ろうばい「蝋梅」、今日叔母と話をしていて「蝋梅」の話になった、私は勉強不足のため今まで「老梅」と書くもんだと思っていた、「ろうばい」とラジオなどで話していても、話のつじつまは合うし話の流れもおかしくない、何も気にしていなかった、新発見であった。
これが「蝋梅」だと思ってみたことが無いので、時季が来たら探して見に行ってみようと思います、知らない事は恥ずかしい事だ、蝋梅は蝋細工のような梅に似た花なのでこの名前が付いたらしい、近くに「蝋梅」の花が咲いていたら写真を撮って送ってください、お待ちしております。
今日の写真はお客様の入り口に咲いていた赤と白のかわいい花です
小川花白赤.jpg

またまた気になる言葉です、「愛しい」(いとしい)「愛おしい」(いとおしい)
「愛しい」と書いて「かなしい」と読むこともあります、つまり「愛」とは本質的に「うしなったらこまる」ということのようです、だから「愛しい」と書いて「かなしい」ということが起こるわけです。
日本の言葉がこんなに解釈が難しいことがよりいっそう日本語を美しいと思うようになる原因かもしれません、「アイ、ラブ、ユー」「ウオ、アイ、ニィー」「イッヒ、リーベ、リッヒ」外来語は「私はあなたを愛します」と言葉が簡潔でそれ以外の創造が出来ません、日本語は「愛してる」
誰が?誰を?が抜けています、創造の世界です、面白いですねー、他にも気になる言葉がありましたらお知らせ下さい。
昨日の我が家の「キンモクセイ」の写真です
きんもくせい.jpg

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馥郁(ふくいく)としたキンモクセイの香り
「馥郁」と言う言葉を久しく使ったことが無い、いや今まで書いた事も、言葉にしたことも無いような気がする。
我が家の庭にキンモクセイの木が植えてある、常緑樹で初秋に黄色の小さな花を付ける、この花は馥郁としたキンモクセイの香りと言う言葉がぴったりの花である、近くを通っただけでも甘い香りが流れてくる、癒される香りである。
この香りがするともう秋だなあーと思う、真っ青な秋空の下でキンモクセイの香りを楽しみながら一日をゆっくり過ごしてみたいものだ!!
野の花の隣で.jpg
                    (画像をクリックして下さい)
   詩 天野多恵   挿絵 天野亮三   (詩画集「野の花の隣で」より)

私も一眼レフカメラから離れて10数年経ちますので良くわかりませんが、レンズに○○mmとか、ズーム○○mm~○○mmと書かれています、35mmフイルムを基準としてみると50mmが標準レンズです、今主流の10万円前後のデジタル一眼(デジいち)は画像素子が(APS-C)23.4×16.7です(ちなみに35mmフイルムサイズは36mm×24mmですAPS-Cは35mmフイルムの半分のサイズしかありません、同じ画素数でもコンパクトデジカメによく採用されている1/2.5型CCDのサイズは5.7mm×4.3mmですが、これは面積にすると35mmフィルム1コマ(36mm×24mm)の3%にも満たない小ささです。これが価格の大きな差となっています、普通の写真の大きさでならほとんど見ただけではわかりません。
なぜ画像素子の話をしたかと言うと、同じ焦点距離50mmのレンズをつけた場合画素数が1/2になれば75mmとなってしまうからです、標準レンズが少し望遠レンズとなります、そこのところを注意しなければなりません、又コンパクトデジカメ(コンデジ)は見てのとうり、非常にレンズの口径がデジいちと比べ小さいのがわかります、デジいちとコンデジの大きな違いは画像サイズとレンズと言っても過言ではないでしょう、話の続きは又の機会にしましょう。山ぶどう.jpg
                 水彩画(はがきサイズ)山ぶどう

今日はいっぱい画像を載せます
第1弾 天野亮三さんの水彩画(今日天野さんに了解を貰いました)
山はっか.jpg
               水彩画(はがきサイズ)山はっか
画像の取り込みがうまく行かず濃淡がはっきりしませんが、紫色の小さな花が可憐に咲いている様子がとても印象的です。

スキャナーで取り込んだ「つた」
かずら加工.jpg
つたの名前は不明ですが丸い小さな実がとてもとても可愛らしく付いています、もう少しすると赤くなるのかな?

「デジカメ」と一般的に呼ばれているが種類は何機種も発売されている、ブログを書き始めて写真を添付するようになって「カメラ」の事が気になりだした、そこでちょっと調査してみた。
1:小型の手帳サイズ   画素数700万~1200万画素  3万~4万円
2:少し大きめのサイズ  画素数700万~1200万画素  4万~8万円
3:一眼レフカメラ      画素数700万~2000万画素  5万~80万円
メーカーの売りは「画素数」このカメラは何万画素撮れますよ!とPRしている、しかしなぜこんなに価格が違うか?(一眼レフカメラ)それはフイルムカメラのフイルムに相当する「撮像素子」のサイズによるものです、フイルムカメラでも35mm、ハーフサイズなど色々あったのですが5万~30万円前後の価格帯のものは撮像素子(フイルム)サイズ23mm×16mm 30万~80万円 サイズ36mm×24mmこの撮像素子のサイズによって決定されている、大きな撮像素子であればあるほど決め細やかな表現の写真が撮れる。
小型サイズのデジカメと一眼レフカメラで同じ画素数のカメラでもプリントすると大きく違います、もうひとつのポイントはレンズにあります。レンズの話は又明日。 おやすみなさい

今日は母の短歌の校正を母、母の妹、自分の3人で行った。
木戸製本所よりの訂正&確認の書類が充実しており、スムーズに校正作業は終了した、さすが出版社の方はすばらしい、小さなことまで注意項目をご指摘下さり、歌を何度も読み返しながら校正を行った、後は
1:写真の選定
2:表紙のデザイン
を残すのみとなった、任せられているので大変だ、日曜日には大体の作業を終了したいと思っている、
校正の作業終了後時間があったので、前にもお話した天野御夫妻(野の花の隣で)の絵の個展が山陽新聞「さんたギャラリィー」で開催されていたので3人で出かけた、天野 亮三さんの水彩画は淡い緑色を基調とした風景画、野の花、実などの絵が多数展示されていた、いつ見ても「癒される」絵だと思う、今度天野さんに了解を貰いブログに何点か絵を掲載させてもらおうと思いますので楽しみにしておいて下さい。
充実した一日でした。
追伸: 今日は嫁いだ長女の誕生日でした、九月六日

本日夕方山の中の畑が草ボウボウ(雑草、ススキなど2メーターの草)を前にもブログで紹介した「フレールモア」なる草刈機で走りまわって草刈をした、山の上の一反ほどの畑は早く済んだ、もう少し下のほうの2反の畑を刈り取っている時トラクターが横転してしまった。
注:「フレールモア」はトラクターの後ろに付ける機械で、土を起こす「ロータリー」と交換する 事により草刈が出来る)
斜面にトラクターは弱いと知っていたが、なにぶん草が生い茂ってる為斜面に乗り上げあっけなく横転してしまった。さー大変燃料は漏れているは、エンジンはかかったままだし、落ち着いて落ち着いて、アクセルを戻し(車と違ってアクセルは手動で行う)エンジンキーを切りやっと落ち着いた、横転寸前トラクターより飛び降りた為怪我もせず身体は大丈夫でした、あれこれ考えた結果、前の家の「信にーちゃん」(年齢75歳)小さい時から「のぶにーちゃん」と呼んでいる、トラクターが横転して助けてほしいと電話(携帯)まず「ひろちゃん怪我は無いか」との声、大変ありがたかったです、20分もすると「ボブキャット」なる機械(自走式で前にショベルが付き土を動かす時に使用する)でワーヤーロープを持って駆けつけてくれた、斜面の土をならしトラクターにワイヤーを掛け引っ張ると難なくトラクターは起き上がった、夕方の忙しい時間私のちょっとした不注意のせいでこの様な事になり「のぶにーちゃん」にはご迷惑をおかけした事をこのブログをお借りして御礼申し上げます、
今日の「転んだ」の顛末でした。
今後は充分注意して作業いたします。

母の短歌の本の初稿が今日届いた、新潟の「木戸製本所」と言うところに印刷、装丁などを頼んで作って貰う事にした、これもインターネットが御縁でお付き合いを始めた、5月ごろ見積もりを依頼してすぐに見積もりは頂いていたのだが、選歌とデーターでの提出だった為時間がかかり、つい10日ほど前に先方へ資料を送ったばかりであったが、昨日下記のようなメールを頂いた。

「歌集 マスカット」の初稿の準備ができましたので、
本日発送させていただきます。

それがもう今日届いた、字あまりの指摘、旧漢字の使用等丁寧にチェックするところを文章にして送ってくれた、とても気持ち良い対応で感激です、私自身古い考えかも知れませんが、今まで会ったことも無い人と本作りなど出来るか不安でしたガ、これなら大丈夫と確信しました。
きっと良い本が出来上がるでしょう楽しみにしておいて下さい。
母の短歌より一首

  老い父の生まれし記念に求めたる柱の時計を父がネジ巻く

私の祖父が生まれた時記念に買った時計を祖父がネジを巻いている。
私も時計の下に足台を持ってきて時計のネジと時報のネジを巻いていたのを思い出す、
祖父と同じ時を歩んできた時計を毎日毎日どんな気持ちで巻いていたのだろう、日々のなんでもない情景を歌った一首である。

追伸 この時計は今も我が家に大切に取ってある。
古時計.jpg
                        古時計

つい最近のニュースで山歩きしていた人が熊に襲われ大怪我をした事を報道していた、
今日のラジオで「熊が教えてくれた自然破壊」だったと思うが熊が人里へ近年多く出没する様になり、熊と人との生活の場が近くなったとの話があった。
ラジオのゲストは中学校の理科の先生をしておられた女の方であった、彼女の教え子が新聞に「熊が近頃人を襲うようになったのは自然が破壊されているからだ」の趣旨の投稿をして、それを先生が読んだのがきっかけで、現在は先生をやめ自然保護活動をされているとのことでした。
熊が生活している所は主に奥山と呼ばれる人里はなれた広葉樹林の中であった、しかし近年広葉樹林を伐採し檜、松、杉等の針葉樹への植林が国の方針で進められた為、熊の食料である木の実がなくなり仕方なしに人里近くまで出没するようになったと考えられるとの事であった、
私のところでも、広葉樹の山を伐採し、檜を植林している、奥山ではないが自然環境は変化している、広葉樹は根が広く深く張るが、針葉樹は浅いそのため保水力も弱く、風などですぐ倒れてしまう、広葉樹林は保水力が強い為大雨が降ってもすぐ河川には流れてこない
少しずつ少しずつ貯めた水を流すのである、ただ経済的な面(針葉樹は真っ直ぐ伸びる為建築材料として利用価値が高い)高く売れる、広葉樹は長く真っ直ぐな柱のような材料が取れない、こんな目先だけの事で自然を破壊していいのだろうか、便利、簡単、早いそんな事だけを目標に事を進めてはいけない、都会の人は自然に触れる事が少ないと思いますが、一緒に自然と共存できるようやって行こうではありませんか。

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